2006年3月12日 (日)

Two outbreaks of lawlessness in recent philosophy of biology

Two outbreaks of lawlessness in recent philosophy of biology
Elliott Sober, Phil. of Science, 64(1997)

・Beatty, Rosenberg:生物学には法則が存在しない、というテーゼへの批判

<BeattyのEvolutionary contingency thesisからの議論>   
・「生物学的法則や一般化P→Q(e.g.メンデルの50/50の減数分裂法則)はある特定の事象の偶然的結果である(つまり進化がたまたまそのようなシステムを作っただけ)。つまり必然的法則ではない。
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・Sober:たしかに「P→Q」は特定の事象Iに基づく偶然的に成立した一般化かもしれないが、「I → [P→Q]」はそうではないかもしれない。これは因果性を使用しており、それはなんらかの法則を含意するかも

<BeattyのPluralismからの議論>
・生物学における多元主義的アプローチは、統一的法則の非在を例証する
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・物理学における多元性:   
 -自由落下法則は、ほとんどの現実の落下で偽(空気抵抗のため)。
 -しかしそれは落下運動における法則の無さではなく、多元的要因の考察を促すだけである
  →アプローチの多元性は原因の複数性を示すかもしれないが、しかしそうした主題が法則を欠くということを意味するわけではない。
・ニュートン的一元主義は、生物学における多元主義アプローチと矛盾しない
 -一元主義的なモデルは確かに推奨されるべき
  -しかしそうしたモデルが無いときは、多元主義者たるべき
  -生物学においても、倹約性はdesirableだが、しかしdefeasibleではない

<RosenbergのSupervenienceからの議論>
・生物学的事象の多重実現可能性→法則の不可能性
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・多重実現可能性は、確かに橋渡し法則(e.g.生物学-生化学)の不可能性を含意するかもしれない
・しかしそのことは、上位レベルの法則(生物学的法則)の成立を妨げるものではない

<Conclusion>
・生物学にアプリオリな法則がある、ということは認められる(e.g.Fisherの議論)
・しかしBeattyらは、アプリオリな一般化を科学法則として認めない(法則は経験的でなければならない)
・Soberはこの前提を拒否:「アプリオリ・数学的モデルも法則としてみとめられる」
・なぜ生物学に(進化に関する)経験的法則がないのか?ということは、生物学者のモデルの立て方によっているのかもしれない。この点を考えるのもよさそうだ

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