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2006年4月30日 (日)

etiologyをどう訳すか?

前にも勉強会で一度話題になりましたけど、機能のEtiological theoryのetiologyって、どう訳すべきでしょうかねえ。現在の用法としては、「病気の原因を探求する」という病理学上の用語としての使用が主らしいのですが。結局は、ある現象がどのように生じるに至ったのか、その原因を探っていく、という意味であると。Millikanらが自説をetiologyだというのは、機能というのは現在の形質の傾向性や貢献によってではなく、それがどのように生じてきたのか、つまりそれがMillikanのあげる「固有の機能」の条件を充足しているような複製族の一員として生まれることによって決まるからです。ですが、これを一言で言い表すような日本語がなかなか見つからない。

一応、今までの候補としては、「因果説」という訳があります。でも、これだと(1)CumminsのCausal role functionとの区別がつきにくい。(2)そもそもetiologyで問題になっているのは、その因果性ではなく、それが因果的にどのような変遷をたどったか、ということなので、強調点が違う。

歴史説」というのも候補ですが、etiological theoryの主張者はしばしば「etiology or history」のように並べて書くので、このときに一緒になってしまう。あと、etiologyというのはやはり単なるhistory以上の含意があるように思われる。つまり、何でもかんでもの歴史ではなく、ただそのアイテムの出自に関わる限りでの事柄の歴史、という含みがある。

個人的には、「由来説」はどうか、と思っています。やはり、etiologyという時に問題になっているのは、その形質がどのような由来を経て現在の場所に収まっているのか、ということだと思うので、その意味では一番近いかと。ただし語感的にダサいということと、日本語の「由来」には因果以外のものが含まれる(「名前の由来」など)という問題もあります。

というわけで、なかなか上手い訳が見つからないわけです。これを見た方、どなたでも結構なんで、なんか良いアイデア/ご意見ありましたら、ぜひ教えて下さい!

OTK

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論評:"What is a mechanism? A counterfactual account"

メカ研20060418

"What is a mechanism? A counterfactual account." Woodward,J. Philosophy of Science 69 (2002), pp.S366-377.「resume20060418-Woodward2002.pdf」をダウンロード

【内容】

因果関係を主張するためには、法則ではなく反事実条件文に訴えるべきである。メカニズムにおける生産的関係(≒因果関係)を特定するために、「干渉」を行なうとよい。「干渉下で不変」であるような関係を探求すべきである。例えば、オペロンモデルが正しいメカニズムモデルであると主張するためには、それが干渉実験(仮想実験を含めて)の結果を予想できることが必要である。また、このような「干渉」によってメカニズムの適切な要素(他の要素とは独立に変化可能な要素)をも同定することができる。

【論評】

・干渉とは結局、Salmonのスクリーニングオフのことではないのか。だとしたら、それは因果関係の十分条件にはならない。

・因果関係を同定する干渉とは、「他の経路を通らないで変化させることができる」ことらしいが、それは結局、特定の因果関係(「経路」)を前提した上でのみ同定されるのではないか。

・心理学的メカニズムに対するツッコミは興味深い。特に認知心理学(いわんや臨床心理学なぞ)とかで描かれるダイアグラムはかなりうさんくさい気がするし。

KO

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2006年4月28日 (金)

アンソロジートピック

本日はお疲れ様でした。先ほどまとめたトピックをあげておきます。候補論文をコメントでお願いします。

  • Unit of selection
  • Function
  • Species
  • Adaptation
  • Fitness
  • Altruism
  • Reduction
  • ID

以下は保留のタイトル:

  • Evo-Psycho.
  • Development
  • Law
  • Life
  • Ecology

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2006年4月27日 (木)

次々回

Beatty, John. 1984. "Chance and Natural Selection." Philosophy of Science 51: 183-211(pdfファイル).
などはどうかと思っています。
genetic driftとnatural selectionの違いについて、のお話です。
intro読んで頂ければ、大体の内容は分かると思います。

最近では、
Millstein, R. L. (2002), "Are Random Drift and Natural Selection Conceptually Distinct?", Biology and Philosophy 17: 33-53.
などもあるようですが、この辺りの話では、Beattyの論文が一応の始まりのようです。詳しくは分かりません。

明日になればまた気が変わるかもしれませんが、とりあえず、私が担当する回では、Beattyの論文を第一候補でお願いします。

nakao

追記:

pdfをダウンロードできない方がおられれば、ご連絡ください。
h5strings@monolithweb.net
添付ファイルにてお送りします。

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2006年4月25日 (火)

論評:"Connectionism and the problem of systematicity"

sys研20060424

"Connectionism and the problem of systematicity: Why Smolensky's solution doesn't work." Fodor,J. and McLaughlin,B.P. Cognition 35 (1990) pp.183-204. 「resume20060424-Fodor1990.pdf」をダウンロード

Smolenskyのコネクショニストモデル(ベクトル表象)による体系性の実装に対して批判する。Smolenskyは、文脈依存的なモデルと、非文脈依存的なモデルを提案するが、いずれにせよ失敗する。結局、体系性の必然性を説明できるのは古典的計算主義である。

①文脈依存的なモデルは合成性を放棄する。そのとき、次のような問題が生じる。 

・さまざまな表象からベクトル計算によって得られる要素ベクトルは互いに家族的類似性を持つだけでよいとされるが、そのような要素ベクトルは古典的要素にならず、それゆえ体系性を保証しない。 

・文脈依存的なモデルは合成性を放棄するが、それではカップの表象とコーヒーの入っていないカップの表象を区別できない。etc

②非文脈依存的なモデルはテンソル積を導入する。そのとき、次のような問題が生じる。

・複合シンボルベクトルがトークン化されるとき、要素ベクトルがトークン化されない。そのようなベクトルは古典的要素にならず、それゆえ体系性を保証しない。

・「要素を表象できる」ことは「要素をもつ」ことと同一ではない。etc

【論評】

コネクショニストモデルで体系性を(近似的にでも)実装することの可能性は(困難ではあろうが)Fodorも認める。しかしFodorは、そのような「可能性」ではなく「必然性」(法則性)を示さなくてはならず、それはコネクショニズムではできないと言う。

コネクショニズムと古典的計算主義は、そもそも説明関心が異なっているのではないだろうか。両者は競合するようなものなのだろうか。

勉強になりましたね、フジカワさん。

KO

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2006年4月24日 (月)

翻訳をしませんか

とのアドバイスをD先生からいただきました。たとえば我々で生物学の哲学のアンソロジーを編・訳してみれば、と。生物学の哲学の代表的論文をサーベイして、アンソロジーの論文リストみたいなのを(たとえば今年の夏までにとかに)作ってもってこい、と。私はぜひともやりたいのですが、関心のある方はコメントください、及び分会でもやりましょう。

KO

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2006年4月20日 (木)

次回以降の予定

先の勉強会で決めたとおり、次回より勉強会日程を
 金曜日 10:30-12:00
に移します。初回は28日で、したがって26日(水)はお休みになります。内容は前回に引き続きGodfrey-Smithの残りです。

OTK

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2006年4月18日 (火)

前々・・・回のレジュメ

かなり前のものになりますが,機能のEtiological Theory(WrightとMillikan)を扱ったときのレジュメをアップします.遅くなってすいません.

OTK

「Etiological_Theory.pdf」をダウンロード

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2006年4月17日 (月)

sys研はじめました

「cognitive_architecture_the_structure_of_cognitive_representations.pdf」をダウンロード 

「認知能力の体系性systematicityに関する研究会」(略してsys研)を始めました。

体系性の本性や神経基盤、コネクショニズムとの関連などについて勉強します。

Fodor, McLaughlin, Pylyshyn, Aizawaらの論文を読む予定です。

興味のあるかた、コメントなどお待ちしております。

フジカワ、KO

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2006年4月16日 (日)

日時変更希望

都合により、今後水曜日に参加することができなくなってしまいました。もし可能でしたら、勉強会日時の変更を希望します。私の希望時間は次の通りです。

 月曜日12:00以降

 火曜日18:00以降

 木曜日1・2限および4限以降 

 金曜日18:00以降(すなわち第三演習後)

 日曜日まるごと

どなたかの都合と合わないのでしたら、私は卒業いたします。

お世話になりました… (T-T)/~

 KO

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2006年4月12日 (水)

次回(4月19日)の予定

次回は下記の論文を予定しています.皆様よろしくお願いします.

A Modern History Theory of Functions

Peter Godfrey-Smith
Noûs, Vol. 28, No. 3. (Sep., 1994), pp. 344-362

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2006年4月 7日 (金)

Stuart Kauffman

OTKです。カオス科研報告書に載っける論文ができましたので、あげておきます。スチュアート・カウフマンの方法論のまとめと、彼の生物学的「法則」の主張を検討してみました。以前勉強会で取り上げて、後半やり残していたやつです。興味がある方は読んでコメントくださればありがたい。

「kauffman.pdf」をダウンロード

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2006年4月 5日 (水)

4/12勉強会

本日はおつかれさまでした。

さて、4月12日の勉強会では、自然選択の単位についての基本文献である

Sterelny, K. and Kitcher, P. (1988) The Return of the Gene. Journal of Philosophy 85, 339-61. Reprinted in Hull, D. L. and Ruse, M. (eds.) (1998) The Philosophy of Biology. Oxford: Oxford University Press, 153-75.

を扱いたいと思います。この論文はHull and Ruse以外にもリプリントされていますが、原論文で読んできていただけると勉強会のときに参照しやすいとおもいます。

この論文はJSTORからダウンロードできます(学内のみ)

http://www.jstor.org/view/0022362x/di973266/97p0113r/0

TNK

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2006年4月 3日 (月)

新年度からの日取り

そろそろ新学期なので、授業開始以降の勉強会の予定を考えたいと思ってます。

今のまま水曜11:00~で続けるか、あるいは他の曜日・時間にするか、次回5日の勉強会のときに各メンバーの希望を聞いて調整したいと思いますので、皆さんよろしく。当日来れそうにない方は、無理そうな/大丈夫な時間をコメントしておいてもらえると助かります。では。

OTK

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